「こむら返りに苦しむ人々のために」

 八年前に亡くなった私の母親の死因は、胃潰瘍の穿孔による急性腹症であった。その最後は、その生きざまと違って、ある意味では実にあっけないものであった。


 しかし、それまでの数年間は、毎夜繰り返す「こむら返り」のために、周囲のものは眠ることさえ出来なかったのである。
 夜中ベッドの棚に、あたかも象のようにもたれた母のふくらはぎを揉みほぐすため、たくさんの人たちが動員されていたのを思い出すたびに、私の母の死因はじつは、この「こむら返り」ではなかったかとさえ思う程に騒々しかった。



 そして、不幸なことに、私がその母の悪い遺伝をすべて引き受けたかのように、子供の頃からこのこむら返りに悩み通してきた。
 一つの筋肉のれん縮が終われば、別の筋肉が、そして、小さな指の筋肉までが次々とれん縮を起こし、とても睡眠どころではなくなった。



 そして、その痛みは耐え難いほどにひどい。


 やけになって、これを放置しておけば、この筋肉のれん縮はほぼ二十分程で自然に引いていく。従って、深い海の中でこむら返りが起こっても、一般に言われているように二十分間この痛みに耐えられれば、事なきを得ることがよく理解できる。
 これほどのひどいこむら返りに悩んでいる人々が多いのか少ないのか、それは私には分からない。しかし、私は、いっとき狭心症の発作でさえ、心臓の横紋筋のこむら返りではないかと恐れたことがある。
 従って、いい加減に放置しておくべきものとは思わなかったが、これに対する満足すべき対策は、どの医学書からも得られることは今日までついになかった。


 ちょうど、今から半年程、朝日イブニング・ニュースに連載されている、世界的に有名な「アン・ランダース」という人生相談コラムに目を通していたとき、アメリカ人の個人体験として、布団の中に石鹸(せっけん)を入れて休めば、「こむら返り」に有効であるという記事を目にした。
 しかし、その時は、通俗の素人療法として、その効果が信じられず、それを実行してみようという気持ちにはならなかった。


 それから、三カ月ぐらい経った頃だろうか、同じ「アン・ランダース」に、それを実行した人の奇跡的な成功の体験談が載った。
 私は、早速家中の石鹸を集めて、布団のシーツの下に敷き詰めた。二十個以上あったであろうか。
 たまたま、私の部屋にやってきたわが奥さんが、なにを勘違いしたか「なにー、この嘘くさい匂いは!」ととがめた。奇妙な表現の仕方もあるものだと感心したが、私の部屋の中は石鹸独特の、えも言えない匂いが充満していた。


 しかし、その日から私のこむら返りは、まさに嘘のように消え失せたのである。石鹸は脂肪酸と苛性ソーダからなっている。この中の何がこむら返りに効くのだろうか。あるいは石鹸に含まれるグリセリンと関係があるのだろうか。とすれば、私が疑った狭心症とこの”こむら返り”の関係もうかがうことができるのだろうか。
 ともかく、ことの真相は別として、少なくとも筋肉をれん縮させない作用を、この石鹸が持っていることだけは間違いないようだ。


 今や、私は大量の石鹸の、むせ返るような香りの中に埋まって安らかに眠っている。



追伸
 この記事が新聞紙上で公表された直後、わたしは一通の手紙を受け取った。差出人は、岸本町議会議員・田中外科医院院長 田中 陽先生とあった。


 その内容は次のようであった。
 「もと薬剤師の妻のすすめで、わたし自身十年来、漢方・芍薬甘草湯(発作時2〜3袋、予防薬として使用する場合は、寝る前に一袋の服用)で楽な夜を送っています。」というものだった。


 「ツムラ芍薬甘草湯・NO-68」この薬は実によく効く。
 わたしの場合も一度に2袋服用すれば、大抵の激しいこむら返りも嘘のように引いて行く。そして、それは石鹸の効果など比べものにならないのであった。


 「こむら返り」に苦しむ皆様には是非、この薬を試していただきたいと存じます。
 田中先生に感謝しつつ・・・・。