「最近わたしが思うこと」

 いまから丁度30年前、有吉佐和子さんが小説「恍惚の人」を発表した。
 私は本来、それほどの読書好きではないが、徹夜で一気に読み上げた。そして、読み終えたとき、しばらく感動の涙をこらえきることができなかった。
 「痴呆」に対する知識の確かさ、政治に対して訴える力の強さに圧倒された。


 この4月、ようやくその努力が「介護保険」という形でみのることになる。じつに30年もかけた政治の歩みは、あまりにも遅い。


 いわゆるバブルが崩壊し、失われた10年といわれる。しかし、本当は戦後50年をかけて日本が蓄えたものを全て失ったといえるほど世界に前例のない激しい盛衰であった。


 バブル最盛期、国は赤字国債をいっさい発行しないですんだ時期が数年間続いた。公共事業の増額や、いわゆる「ふるさと創生」で、3千を超える自治体にそれぞれ1億円が配られた頃のことである。
 もし、あのとき介護保険が成立しておれば、日本はいま、世界に冠たる福祉国家であり、あわせて産業構造の改革も一気に進んでいたであろう。まことに悔やまれることである。


 いま、「政治主導」という言葉が盛んに使われるが、これは本当に正しいのであろうか。 
 国境を越えて世界が一つの経済圏を形成しようとしているとき、経済政策であれ、外交であれ、本当の意味でそれぞれの専門家が対応しなければ正しい対処は不可能ではないかと思うからである。


 最近、憲法改正が議論されるようになった。その中で私が注目するものに、首相公選制がある。
 公選された首相と、優秀な官僚と、そして民間から登用された学者・専門家は、この日本がおかれている困難をよく乗り切るであろうか。


 日本は明治以来、国は議員内閣制を、そして地方は大統領制をとってきた。一体何故こんな複雑な方法をとってきたのであろうか。
 私の考えでは、これは当時まだ未熟だった地方自治体を国が指持、悪く言えば「管理」しようとしたためであったろうと思う。官選知事がそのいい例である。


 私が県議会の議長になったとき、議会の権限がいかに制限されているかを知るに及んで、これでは本当の地方分権は成功しないと思ったものである。
 今、片山知事は、全てはこの議場で決まる、議論を尽くし、議案の修正など、どしどしやってほしいと繰り返し発言する。


 これは、修正を許さない完璧なものを提案するべき立場の人の発言としては、大いに問題にされるべきだが、一方では、強靭な議会の存在が、地方分権の決め手であることを見越しての発言であろうと思っている。
 石原東京都知事が突然提案した大銀行への外形標準課税に対して、議会が始まる前からこの提案に賛成してしまっている東京都議会こそ問題にされなければならない。


 国は大きな借金を抱えてしまった。国・地方をあわせたそれは、国民総生産を越える6百兆円という。その割に、本当に日本は貧乏になってしまたという実感がないまま、しかし一方で国民は妙な不安と不信を持ちながら、ただただ時が流れている。


 一般企業ならこの状態をどう考え、そしてどう対処するであろうか。私は総売上程度の借金を抱えている企業はそんなに少ないとは思わない。付加価値の高い企業であればその程度の事態は乗り切れる。
 日本はまさに付加価値の高い産業構造を持った世界一の国である。20年前、米国人の手によって「JAPAN・AS・NO1」という本が出版され、世界から注目されたのは、まさしくそのためであった。


 しかし、だからといって今の事態を放ってはおけない。長期債務返済計画と固定費の圧縮、総売上の確保、資産処分など、今すぐ取り組まなければならぬことは多い。二兎も三兎も追うがいい。


 国は小さな政府を目指し、地方に権限を委譲し、その結果、地方行政は不相当に膨張する。そして、最後のリストラという大きな犠牲を払うのは地方なのである。
 その為に、市町村合併は急務であり、市町村の合意形成を座して待っていてはいけないであろう。そして、これらは一連のものであり、どれが欠けても日本再生は成就しない。


 一度、アジアを中心にして、帝国として君臨した日本は、もはやもとの道に帰ることはない。世界、特にアジアの平和と地球規模の環境保全、そして未開発国の自由と人権の確保、生活の改善に一層の貢献をする道しか残されてはいない。


 教育が厳しい状況にある。子供達の悲惨な事件が続く。大切な青春時代を2年も3年も大学受験で苦しむ子供達をみていると、まことに切ない思いがある。しかし、ほとんどこれらは社会問題にさえならない。
 それは、何とか我慢し、努力し合格してしまえば、本人も家族も過ぎ去ったこととして、最早あとを振り返ることはない。いつまでたっても、この方面での目立った改善がなされない理由をここにみるような気がする。


 私が福祉に関して、なにか書いても立派なことにはならない。その点では、ほかに専門の方々がたくさんおられる。
 私には、今の自分の立場で最近思っていることをここで表現するしか方法がない。結果、こんな文章になった。かりに興味を持っていただけたなら幸いである。